音楽雑談

マーラー/交響曲第2番〜生と死に対する回答〜の話

クラシック音楽館にて、クリストフ・エッシェンバッハ指揮のマーラー/交響曲第2番《復活》が放送される。

実は僕は過去にNHK交響楽団の定期公演にて《復活》が演奏された時、合唱団として参加したことがある。今から約10年前。当時18歳。指揮者は、マルクス・シュテンツだった。

あの体験以来、僕は本格的にマーラー作品に魅了されていった。

それまでもマーラーの曲はたまに聴いていて、最初に好きになったのは交響曲第9番だった。高校生の頃はよく通学中、iPodで聴いていた(第4楽章の終盤なんかは電車内だと一切聴こえないんだけど)。

それから《巨人》にはまったり、《千人の交響曲》を延々とループ再生していたこともあったけど、最終的に一番好きな作品は《復活》になった。

今日の更新はせっかく《復活》がテレビ放送されるということで、この曲の話でもしてみようかと思う。

《復活》という交響曲について

マーラーの交響曲のうち、完成に要した時間が最も長いのが、この《復活》。この頃、オーケストラ伴奏付きの歌曲《子供の不思議な角笛》(少年の魔法の角笛とも)が完成されていた事が非常に重要な事項として挙げられる。

マーラーの作品で表裏一体を成す「歌曲と交響曲の融合」がこの《復活》から一層強く示され、この後作曲される《交響曲第3番》《交響曲第4番》といった、いわゆる「角笛交響曲」としての土台作りが行われていく。

交響詩《葬礼》の存在

時は1888年。マーラー28歳。彼は指揮者として確固たる地位を築きつつあった。

交響曲第1番《巨人》の作曲は、この頃である。「花の章」を含む5楽章から成る交響詩として発表されたのが翌89年。この初演は大失敗に終わったという。

《復活》の第1楽章は、これと並行して作曲された。プラハ・1888年9月10日と記されたスコアは交響曲の文字が消され、《葬礼》という表題が書き込まれた。

これが、交響詩《葬礼》である。

この《葬礼》が後に《復活》の第1楽章として転用されるのだが・・・

葬礼、というサブタイトルは葬送行進曲としての性質を備えたこの曲にはぴったりのタイトルであると思われるが、これはポーランドの詩人、アダム・ミツキェヴィチによる叙事詩に由来している。

ミツキェヴィチによる詩は4つの独立した部分から成っており、その第2部が「葬礼」である。

「葬礼」という言葉はマーラーの友人でもあるジークフリート・リーピナーがこの詩をドイツ語に翻訳した際のもの。原題である「Dziaby」は「父祖祭」といい、元々ポーランド土着の死者の祭りであって、そこではあの世からこの世へ死霊が押し寄せ、狂宴を繰り広げる日と信じられていた。

この交響詩が改訂され交響曲第2番の第1楽章として新たに組み入れられるにあたり、「生と死」という内容にふさわしい上書きを施されていった。

「この世の生とは何か?死とは何か?我々にとって不滅なものは存在するのか?この世の全ては一場の悪夢に過ぎないのではないか。それとともに生と死には何らかの意味があるのか?生き続けるためにはこの問いに答えなければならない」

マーラーは上記のようにこの曲について解説している。

間奏曲としての第2楽章〜第4楽章

マーラーは第1楽章と第2楽章の間に少なくとも5分のインターバルを挟むよう指示している。

これは単に第1楽章が長大なためではなく、この後に続く楽章の曲想の違いによる困惑を避けるためではないだろうか。

第2楽章は明るい雰囲気を持ったレントラー。「もはや失われてしまった無邪気さへの哀愁に満ちた追憶」とマーラーは解説している。

そういえば昔読んだ本にこの楽章を「死者の生前への追憶」と表現しているのを見た事がある。

第3楽章はスケルツォ。《子供の不思議な角笛》より《魚に説教するパドヴァの聖アントニウス》から引用している。

交響曲第2番のスケルツォが持つ標題的な理念は存在の意味は決して理解することのできないものであり、生きることそのものが意味のないことであるという認識である。マーラーはこの楽章について「人生のてんやわんや、そして見ることはできるが聞くことはできない踊りのイメージ」という例え話を用いて話したそうだ。

「スケルツォで表現されているものについては、このようにしか説明できない。例えば君が窓を通して遠くから踊りの様子を、その音楽を聞くことなしに眺めているとする。

そうすると、主要な要素であるリズムが聞こえてこないから、カップルがくるくる回って踊る様子は、奇妙で意味のないものに思われるだろう。見捨てられ、つきにも見放された人間を想像してごらん。そういう人間にとっては、世界はゆがんだ鏡の中のように、逆転し常軌を逸した姿として現れる。そんな迫害された魂の恐怖の叫びを持ってスケルツォは幕を閉じる。」

第4楽章。アルトの独唱。マーラーの交響曲に、初めて人の声が用いられる瞬間である。

《子供の不思議な角笛》より《原光》。 “O Rös-chen rot!”(赤い小さな薔薇よ!)とアルトにより歌われる。6分程度の小さな楽章だが、続く第5楽章を導く決定的に重要な役割を果たしている。

「原光は、神と永遠の生に対する魂の問いかけと、それらを獲得しようとする魂の闘争なのだ。」とマーラーは解説している。

そして、生と死に対する回答が示される。

第1楽章で提示された生と死に対する疑問が回答されるのが、終楽章である。演奏に30分近くも要する巨大な楽章。

「大規模な作品を構想するときは、いつも最後に言葉がそれを訴える手段となるのです。ベートーヴェンも《第九》で同じ事が起こったに違いありません。そして、この「第二」について言えば、私は世界中の文学、聖書にいたるまで、あらゆるものをあさり尽くしました。」と友人に宛てた手紙でマーラーは書き記している。

終楽章に用いられる合唱の歌詞はドイツの詩人クロプシュトックによる「復活」から採られている。

1894年に亡くなったハンス・フォン・ビューローの葬儀がハンブルクの聖ミヒャエリス教会で行われた際にこの「復活」がコラールで歌われたことに強い感銘を受けたと、マーラー自身が後年書簡のなかで述べている。

しかし、クロプシュトックの「復活」は5連から成る詩だが、マーラーが採用したのは最初の2連まで。その後はマーラー自身によるテキストである。

クロプシュトックの「復活」において書かれているのは死者が復活し、神の国へと入ることの出来る喜びだ。バンダ隊のホルンやトランペットによって演奏されるのは、神の出現を表したものだろうか。

キリスト教における「最後の審判」と言えば、そこにはキリストの再臨が描かれるはずだが、この楽章に用いられたテキストにはそのことには触れられていない。

クロプシュトックによる詩がキリスト教における死者の復活の信仰に基づいたものとはいえ、元々「最後の審判」の恐ろしいイメージは描かれておらず、《復活》には採用されなかった第3連では「感謝の日、喜びの涙の日」と書かれている。

さて、第1楽章で提示された疑問の回答と冒頭で述べたが、その疑問は、以下の歌詞によって解決されると思う。

Sterben werd’ich, um zu leben!

「生きるために、私は死ぬ」

マーラーが《交響曲第3番》の歌詞に採用したニーチェの「ツァラトゥストラはかく語りき」で提唱された「永劫回帰」の考え方。生と死の輪廻の思想を第1楽章「葬礼」に感じたことが作曲の動機だったという話があるが、マーラーがこの詞を自作で付け加えたことはそれを裏付けるもののように感じられる。

ちなみに「生きるために、私は死ぬ」という歌詞は新約聖書「コリント人への第一の手紙」に由来するものと考えられている(第15章、36節)。

この場面で一大クライマックスが築かれ、最後の最後にようやくパイプオルガンが加わり「復活」の賛歌、永遠の生命への賛歌が劇的に歌われる。

クロプシュトックの「復活」はこちらのサイトを参考にしました。

https://note.com/ynis/n/nf69719401ac6

ABOUT ME
condzoomin
駆け出しの指揮者。三度の飯より飯が好きなのでよく太る。 クラシックの演奏家だが、休日はバンドでベーシスト。